私が彼にもう一度恋をするまで

懐かしい電車に乗っている。たぶん中学の時に使っていた私鉄だ。窓から差し込むオレンジ色の夕日が眩しい。手には卒業証書が収められた筒がある。高校の卒業式を終えた帰りらしい。いや、高校にはバスで通っていたはずなんだけど。
隣には彼が座っている。なんで"彼"なんだろう?わからない。でも高校3年間を一緒に過ごした彼。私は彼のことが好きで、彼も多分同じ気持ちだと分かっている。私も彼も、目は合わせないけれど互いの様子を伺いながら押し黙っている。ガタンゴトンと電車の音が響く。車両には私と彼だけ。言うなら今しかない、と思う。ふぅ、とひとつ息を吐いて、私と彼が同時に口を開く——
 
…という夢を見たのは、もう10年も前の話。これまで全く気にもかけていなかったはずの"彼"と少女漫画のようにキラキラした青春の1ページを夢見たことは、あまりに突然かつ強烈な体験だった。
その日から、私は夢の中に出てきた"彼"、「ときめきメモリアルGirl's Side 3rd Story」の王子、桜井琥一に恋をしている。
 
ときめきメモリアルGirl'sSideは元々友人が好きな作品で、勧められて2の若王子先生に惹かれたことがきっかけでプレイを始めた。
乙女ゲーといえばノベル形式で、どちらかといえば「主人公と男性キャラの恋愛を見守る」感覚でプレイするものだと思っていた私にとってGSは革命だった。自分の意思でキャラクターをデートに誘い、服を買っておしゃれをし、彼の理想に近づくために計画的に自分磨きを行う。つれない反応に凹んだり思わぬ好感触に本気で照れたり。胸を張って夢女ですとは言わないが基本的にキャラにガチ恋して生きているタイプの私にとって、全ての感情を揺さぶってくる神ゲーだった。
 
そうしてGSにのめり込み当時の最新作である3をプレイしはじめたとき、1は氷室先生、2は若王子先生を推している私が第一印象で選んだのは紺野先輩。順当に一途プレイを楽しみ、告白ED1を迎え見事一流大学の名物カップルと相成った。
 
その矢先、である。
私はこの夢を見た翌朝に友人に一部始終を話し、熱に浮かされたまま桜井琥一という男を知るために再びはばたき学園1年生に転生し寝食を忘れて琥一とデートを重ね、完全無欠天上天下唯我独尊徹頭徹尾の一途プレイで告白ED1に辿り着いた(中盤までは琥一のあまりの塩対応に心が折れそうになり、精神を安定させるために紺野先輩の写真を部屋に飾ってたけど)。
常に学年一位の成績を誇り休日は清楚な服に身を包み健気に生徒会長を支えていたはずの私(便宜上私と呼ばせていただく)が突然身長189センチの強面ヤンキーに熱を上げ、平日は一心不乱に縄跳びと花の絵を描きまくり休日はほぼ下着みてえな水色のキャミと真紫のミニスカにデニムジャケットを羽織り街を闊歩し「誰に言ってんだコラ!烏龍茶ダッシュだぞ!」などと言い出した時の周囲の困惑たるやいかほどであったろうか。
 
結論、桜井琥一はとんでもない男だった。
最初は乱暴でぶっきらぼうで「メンドクセー」しか言わないけれど、一度懐に入れた相手はどこまでも大切にする。兄貴分としての振る舞いは得意でも恋愛となると不器用。惚れた女の望みを叶えたいけれどうまくいかなくて、俺みたいなのが側にいて迷惑じゃないか、と不安になる。全ては彼女の笑顔を守りたい一心。
そんな心の内をよそに無邪気(かつ計画的)にスキンシップを重ね時に小悪魔的に翻弄する私(便宜上以下略)にタジタジになる様は愛おしすぎて終始高笑いが止まらなかった。
クリア後数ヶ月の間「コウちゃんと結婚したい、コウちゃんのいない現実なんて嘘」とうわごとを繰り返す私の介護はさぞ大変だっただろう。ありがとう友人達。
 
 
そして時が過ぎ、私だけが歳を重ねた。
私は「本命以外とデートしない」というGS攻略において致命的ともいえる信条を掲げていたため、琥一一途ルートを完遂した私のセーブデータはコウちゃんの起動ボイスを聴き何百回目と見た好きなイベントを味わいコウちゃんとデートをしひととおり満足したらコウちゃんの「今度いつ来るよ?」を聴くためのものとなっていた。
その間にコナミでは色々なことが起こり、もうGSのナンバリング続編は絶望的だ、なんて噂も流れるようになった。
 
が、奇跡は起こった。GS4の発売が決定したのだ。
正直その時の私は続編の発売を諸手を挙げて歓迎するほど熱心なファンではなかったものの、当然興味はあった。
でもなんとなく日々に忙殺されるうちにまた時だけが過ぎ、気づけば4が発売して数か月。
きっかけは好きな配信者がGS4を実況しはじめたことだった。何もかもが懐かしく、すぐに公式サイトでキャラクターをチェックした。
4の情報解禁から気になっていたのは氷室一紀くんだったけれど、もう一人、七ツ森実くんという子がとても気になった。

しかし、次の瞬間私の脳裏に浮かんだのは他でもない"彼"のことだった。

その翌日も。

やっぱり私はコウちゃんに恋をしているのだ。もちろんGS4は買ったし必ずやる。氷室一紀くんと七ツ森実くんを好きになるだろうし、思わぬ伏兵に骨抜きにされるかもしれない。

でも、私はまだ桜井琥一のことを何も知らないんじゃないのか?

告白ED1で満足している場合じゃない。まだ解放していないスチルもADVもときめき会話も下校会話もある。親友愛情状態が彼の真骨頂だという話も聞く。

私はもう一度、彼に向き合わなければいけない。今。

少し大きくなった画面で久しぶりに見る彼の姿は相変わらずカッコよかった。

 

そして私は今、一途プレイという信念を捨て、このゲームを「攻略」する。

彼を傷つけ、自分自身が苦しむことになるとしても、彼を理解するための旅に出る。

コウちゃん、ごめんね。

貴方のすべてを知る時が来たら、またこの場所で会いましょう。